ローマ:石の町

チビタベッキアはローマの外港。ローマまで電車で50~60分ほどだ。ここでは2日間あったので、1日目は市街地の観光、2日目はバチカンを見ることに決めた。

ローマに来るのは10年ぶりになる。卒業旅行で友人たちと来て以来だ。そのときにもけっこう主要な観光地は見て回った。だから、見覚えのある風景もたくさんあった。そうそう、10年前もスリにびくびくしながら地下鉄に乗ったっけ。

今回も主要な観光地はほぼ網羅した。スペイン広場、トレビの泉、真実の口、コロッセオなど。カミさんが行ったことがないから、というよりも、これらに行く以外にすることが思いつかなかった。ローマに行ったらスペイン広場でアイスクリームを食べ(現在は禁止されている)、トレビの泉でコインを投げ、真実の口で噛まれたフリをして、コロッセオで退屈する、というのが当然だと思われる。当地で他に何をするのだ。ああ、人によってはイタリアンブランドを買いあさるのか。あいにく私もカミさんも、ブランドに興味がない。

前回行かなかった場所としては、パンテオンヴィットーリオ・エマヌエーレII世記念堂がある。パンテオンは、たしか行かなかったのだと思うが、記憶が定かではない。でも見事だった。ヴィットーリオ・エマヌエーレII世記念堂は、10年前は公開されていなかった。こちらも見事だったが、展望台がことのほか良かった。うちのカミさんは高いところが大好きなのだ。

スペイン広場付近でまたカモられかけた。タカハラとかなんとか、日本人サッカー選手の名前を連呼して気を引いて、こちらが応じると、何かの雑貨を渡そうとしてくる(指に何かを結びつけようとした)。うっかり受け取ると金を請求されるというわけだろう。でも、エジプトでひっかかって懲りていたので、カモられる前に脱出できた。かくて、人は賢くなる。

10年前、ヴァチカン美術館に並ぶ行列で、偶然の出会いをした。我々の一歩前に外国人の老人が並んでおり、彼の鞄のファスナーが物の見事に全開になっていたのだ。我々は少々呆れた。我々がスリのことでピリピリと神経をとがらせているというのに、この老人の不用心さは何だ。他人事ながら心配になり、ついに友人が「Your bag is open(開いてますよ)」と声をかけた。相手の老人は慌てて鞄のファスナーをしっかり閉め、それから「日本の学生ですか?」と日本語で話しかけてきたのだった。彼は上智大学の教授アルフォンス・デーケン氏であり、私(だけ)は中学の教科書に掲載された彼のエッセイ「ユーモアのすすめ」を覚えていた。私が「去年ドイツに行ったので、イタリアでも間違えて 『Danke shoen』と言いそうになります」と言うと、彼は「おお、発音はいいですね」と笑顔で採点した。ヴァチカン内最初の螺旋スロープで、一緒に写真を撮ってもらった。イタリア人の高校生?にカメラを頼むと、我々のために人垣を作って観光客を30秒間通行止めにし、撮影してくれたのだった。

思い出のヴァチカン美術館の行列は健在だった。ただし、内部の順路は少し変更になったようだ。デーケン氏と一緒に写真を撮ったはずの螺旋のスロープは、最後の出口になっていた。

システィーナ礼拝堂は、10年前にも見たはずだが、それ以上に見事なように思われた。年を取ると鑑賞の味わいも変わるのかもしれない。でも、10年前と変わらずヴァチカンの職員は感じが悪くて、突然パンパン!と柏手を打っては「Silence!」と静粛を促し、こっそり撮影しているヤツを見つけては大目玉を食らわせていた。彼らさえいなければ、こ こは天国なんだがな。

ローマはどこへ行っても石だ。そこかしこから古い石が突き出している。建物は高く、道が狭いので迫って見える。イタリアンというと陽気なイメージだが、ローマの街も人もあまり陽気な感じがない。