ダブリン:パブの街

ノルウェーを離れて4日。アイルランドはダブリンに向かう。途中、海の向こうに見えるイギリスの灯を見ながら「ちくしょう、いつかイギリスに行ってやる」と思う。英文科卒なのに、イギリスだけ行ったことがないのだ。なぜか旅行計画を立てるとイギリスは避けて通ることになる。大学の卒業旅行でもイギリスは行けなかった(トランジットで羊と草原だけは見た)。私がイギリスに到達すると、何か起きてしまうのかもしれない。人類のレベルが1つ上がるとか(下がるとか)、ストーンサークルが共鳴反応して異世界の住人を呼び出しちゃうとか(呼び出されちゃうとか)。

それはともかく、アイルランドは期待していた国の一つ。妖精の国、ケルトの地。イギリスと並んで、行っておきたい国の一つだった。

ダブリンに入港して船を下りると、別のお客さんが自転車に乗って出発するところに遭遇した。そうか、自転車か。船旅は巨大な荷物でも持ち込めるのが魅力なので、自転車だって持ち込めちゃう。とはいえさすがに場所を取るので、その方の自転車はある程度パーツに分解できる本格的な自転車だったみたいだけれど。彼はここで下船して、そのままアイルランド自転車旅行に突入するらしい。かっこいー。

港から、シャトルバスで中心地へ向かう。

嗚呼英語圏! 英語があって本当によかった。看板も英語、道を尋ねるのも英語、全部英語だ。英語が話せる人を探す必要もない。英語英語英語。これまでヨーロッパで読めそうで読めない言葉に悩まされてきたので、英語だけで用が足りるというのが妙に安心で嬉しい。

実際には、英語が話せないぽい人もいたけれど、それは後述。

いや、うちのカミさんのことじゃないよ。現地人の話をしてるんです。

街には政治関連のポスターがたくさん貼られている。「VOTE YES」派と「VOTE NO」派があるようだ。EUへの帰属問題ということはおぼろげに理解したが、詳細は不明。後に出港してから「リスボン条約」への批准問題だということがわかった次第。

バスの中で日本人ガイド氏が教えてくれたのが、窓のない銀行。アイルランドの某銀行の建物には窓がない。かつてはあったのだが、塗り込めてしまった。なぜかというと、窓から外が見えると行員たちが飲みに行きたがり、仕事に集中しないから、という。ホントかどうかは知らないが、いかにもアイルランド気質を現した話だと思う。

シャトルバスはトリニティ・カレッジの近くに到着。まずはカレッジの中に入ることにする。アイルランドの至宝「ケルズの書」だ。聖書の写本である「ケルズの書」。その美しく細かい精緻な装飾は手書きで丹念に作り込まれており、「昔の坊主はよほどヒマだったんだな」と思わせる。だって偏執狂みたいな細かい飾りばっかりなんだもの。

カリグラフィによる文字は、手書きとは思えない精密さ。そんなに細いペンを使っているわけではないのだが、かなり細かい文字を丁寧に丁寧に書いている。万年筆を持つ身としては見習いたい。とはいえ、印刷ではないので間違いもあるわけで、そうした間違いの修正方法も「文字の上に赤い十字を書き入れる」などいくつかのバリエーションがあって面白い。

ところで文字は非常に丁寧で美しく精緻なのだが、絵のレベルが小学生の落書きレベルなのが、あまりにアンバランスでどうにも気になる。当時の一般の描画レベルというのが、このくらいだったのだろう。坊主にまともな絵が描けるかってんだ。

展示は多くが写真などによるもので、ホンモノが見られるのは最後の展示室だけ。時々展示されるページが変更になるようだ。思ったよりも小さい。そして、文字がぎっしり詰まっている。実物だと手書きで作られていることがよくわかるので、感銘もひとしおだ。

同じ船のオプショナルツアー組も来ていたのだが、その添乗員たちが、ツアー客の老人たちに「ここが本物ですから通り過ぎないで」と盛んに注意を促している。たしかに。何せ展示説明は全部英語なので、老人たちはろくすっぽ読みもしないで通り過ぎていくし、ホンモノの部屋は保全のために照明が暗くてなおさら地味なので、気づかず過ぎていっちゃいそうな連中がたくさんいるのだ。何しに来たんだろう、この人たち。

展示室の上には、OldLibraryがある。非常に高い天井、細長い広間にぎっしりと蔵書が収められている。かつて満杯になってしまったが、天井を高くして収容量を増やしたらしい。2階テラス以上の部分はおそらく追加された部分なのだろう。各本棚には古い書籍がたくさん納められているほか、ガラスケースに古い書物が展示され、解説されている。本棚の前には偉人の胸像が飾られている。

カミさん曰く「あの人(Cicero)、もがみさんに似ている」あらそうかしら。真似してみたら、近くにいたおばさんが大笑いした。

展示物で面白かったのは魔法の巻物。僧侶が作ったプロテクション・スクロール(保護の魔法書)。保護する相手の身長と同じ長さの羊皮紙に書かれているそうだ。なかなか魔術的。

さて、トリニティカレッジのショップでたくさん土産物を買いまくった後は、国立図書館へ。ここのYeatsに関する展示が充実している、と友人が教えてくれたのだ。無料で見られるのだが、たしかに充実している。映像資料もたくさんあり、若干イメージ映像っぽい雰囲気もあるが、面白い。英語がわかればもっと面白いんだろうけれど。かなり長い映像ばかりなので、全部見ていたらいくら時間があっても足りないくらいだ。

特に感銘を受けたのは、心理学者が世界中のThinkerたちに送った、創造性に関するアンケート。そのYeatsの回答が公開されていた。全文を持ち帰れないのが残念。写真も禁止されているし。

多くの質問は「Always Usually Seldom Never」の4択。時々、Yeatsの手書きで注釈が入っている。

「インスピレーションを待つか」との問いには「Never」。なるほど。見習おう。

歩いてマリオン・スクウェアへ。その一角にオスカー・ワイルドの像があるという。到着してみると、彩色されており、大変不気味。えーなにこのチンピラみたいなの。せっかく来たので、一応撮影はしてみたが。

ダブリンの中心地、テンプル・バーのThe Shackというお店で食事。アイリッシュ・シチュー(羊肉)、チキン、アイリッシュ・コーヒー。いずれも美味。アイリッシュ・コーヒーは最初、味がきつかったが、砂糖を入れて甘くしたら美味しかった。

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ダブリンに来る前に、友人に「Abrakebabraは絶対に食べないこと」と言われていたが、何のことだかわからなかった。それがハンバーガーのチェーン店だということを発見する。何故そこまで彼女が言うのか、謎。何があるのだ、このファーストフード店に。むしろ食べたくなっちゃうよ、そんなこと言われたら。 ダブリン城から2階建ての観光バスに乗って移動。街をぐるりと見るつもり。ギネスストアハウス、キルメイナム監獄などを見る。日本語ガイドもついてるし。とはいえ、ここが渋滞天国だとガイドさんが言っていたのをすっかり忘れていた。おそろしく時間がかかってしまった。2階にいたら、暑さでグロッキーになっちゃうし。

オコンネル通りで降りてライターズミュージアムへ。大まかな場所は地図で分かっているのだが、どうもよくわからず、迷う。子どもに道を尋ねるが、聞き取れない。ゲール語なのか。

歩いて、近くの路地から出てきた女性に再度道を尋ねる。彼女は英語が苦手なのか、照れたように道の先を指さして「あの先にある」といった身振りをした。このエリアはゲール語が多いエリアなのか、それとも移民の多い地区なのか。よくはわからないが、全員が英語がしゃべれるというわけではないらしい。

やっとライターズ・ミュージアムを探り当てた時には、入館時間が終わってしまっていた。残念。

オコンネル通りを歩いて戻り、橋を渡る。グラフトン・ストリート近くをフラフラ。ショッピングモールに入って散策。

歩き回っていて、人が店からこぼれそうなくらいあふれているパブを見つける。「何かあったのか、パーティか」と店員に聞くと、「何もない。週末だ。いつもこうだ。忙しいのさ」とのこと。たしかに、他の店も人があふれている。アイルランド人は飲みまくりだ。

これを見たカミさんは、かしこくも素速くも「ダブリンの心臓部はパブである」ということを読み取ったらしい。「パブで飲みたい」と希望するので、適当にそこらのパブへ入る。オレンジジュース、Half pint of Guinessを注文。合計で5.30ユーロ(約900円前後)。

店内は人がいっぱいで、店の外に出るが、外のテーブルも一杯。仕方なく、立って飲む。

近くのテーブルで飲んでいた男二人。テーブル上にたくさんグラスが残っていたので、「全部飲ったの?(All you have done?)」と尋ねると「ああ、5分でな(Yes, in five minutes)」とのこと。アイルランド人が言うとホントだかジョークだかわからん。たぶんジョークだが。

後片付けをどうするのか、よくわからんかったので、そのまま出てきちゃったけれど。よかったのかしら。それともグラスは戻すもの?

港まで戻るのにタクシーを拾う。運転手は親切なおっさんで、ゲール語について質問すると、紙に走り書きで教えてくれた。「How are you?」にあたる表現は CONAS A TA TU

「CONAS」と「TA」のAの上にバーがつく。Aバーは「英語と微妙に違う音」と運転手は言っていた。AとOの中間音くらい。

「ありがとう」は「ゴロ・アマ・アゴット」

「ようこそ」は「フォルチュ・ロー」で「Welcome a million」らしい。港の中まできちんと送ってくれて、船の真ん前まで送ってくれた。少し多めにチップを渡した(つもり)。

※追記

船に乗る前に見た映画。

『once ダブリンの街角で』グレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァ [74thHeaven]

ダブリンのレコード屋でも、ポスターが貼られていました。