子供の頃から「尊敬する人は?」という質問が苦手だった。尊敬に値するような人物が、思いつかなかった。「あの人のようになりたい」と思うような、そんな人物像など、思いつかなかった。
ところが、数年前……正確には2005年の12月に、ふと友達から回ってきた「バトン」を書いている時に、そのイメージは、あっさりと、さらっと、私の中からとび出してきた。
違う違う、「イギリス紳士」ではないのだよ。 私がなりたいのはいつだって「ロビン・フッド」さ。 2005年12月16日 [Seesaa版only]インプレッションバトン
この日以来、私は自分のロール・モデル……つまり「なりたい人物像」がロビン・フッドであることに気づいた。
と同時に、AD&Dのアライメント・システムにおける「カオティック・グッド(ケイオティック・グッド)」が自分のパーソナリティを表現する上でかなり近い、ということにも気づいたのであった。
「わしは自由です、どのような規則がわしのまわりにあろうともです。それらを我慢できるものと思えば、わしは我慢する。もしそれらがあまりにも嫌悪すべきものであると思ったなら、わしはそれらを破りますな。わしが自由である理由は、わしのやるすべてのことに対して道徳的に責任があるのはわしだけだということがわかっているからなのですよ」 ――『月は無慈悲な夜の女王』 ロバート・A・ハインライン
ああ、別に会社員が嫌だというのじゃない。似合わないかな、と思っているだけさ。ほら、お洒落なパーティにジーンズで迷い込んだような気持ちさ。