真の勇者と鬼の目にも涙 / 行くのは奴らだ

変身

ある夕、グレゴール・もがみが何か気がかりな会社から帰宅すると、自分が一匹の巨大な鬼に変わっているのを発見した。

もがみ家には「変身」という文化がある。別に父が特撮変身ヒーローにハマっているわけではない。むしろ、役者がかっこいいと巷で話題になった仮面ライダーBlack辺りから話がわからなくなる程度には特撮から遠ざかっているわけだが、娘はいつのまにか変身文化を我が家に持ち込んだ。

奇妙なことだが、変身するのは正義の味方ではなくむしろ悪役だ。母が「チューチュー星人になって攻めてくる」というのは就寝時の定番の一つとなっている。味方であったはずのものが変身して平穏な日常を脅かすというシチュエーションはホラー映画にも似て現代的だ。

その日(フツブンの日)、母が考案した本来の段取りでは、父は帰宅せず、ドアの脇の自転車カゴに置かれた鬼の面を取って鬼と化し、もがみ家を襲うということだった。しかしながら父へのメールが遅れ、父が指示のメール(グリーンカード?)を見たのは既に自宅に戻り娘の顔を見た後のことであった。

しかし“ショーは続けなければならない”。父は「ちょっと鬼がいないか見てくるよ」とドアの外に出て、鬼と遭遇した。鬼は「お前の身体を借りるぞ!」と父の胸の中に入り込み、父を鬼と化した(父はあっさり屈した模様)。再びドアを開いた時、鬼が見たのは母を守って戦う娘の姿であった。泣ける。

「お父さんに戻れ!」(泣き)叫びながら必死に豆を投げつける娘はたしかに勇者の資質であった。父がホントに鬼に遭遇した時にこんなに勇敢に戦えるかどうかわかったものではない。

鬼は再三侵攻したものの豆に阻まれ、というかもっとベランダまで追い詰めて欲しかったのだが、怖さのあまり「いのちだいじに」専守防衛に徹し母を守る選択をした娘は脱衣所に止まって追撃しなかった。やむなく(というか行き場をなくした)鬼は寝室に撤退し、一度引き戸を閉じた。豆勇者がいる限り侵攻かなわぬ、と悟った鬼は乗っ取った身体を捨てて窓の外に逃走し、父は正気に戻って寝室から生還した。鬼に取り憑かれていた間のことは何も覚えていないのだという。「しのちゃんのおかげで人間に戻ったよ。ありがとう!」と父と再会のハグ。

娘は「しのちゃん怖かったけど、悲しい顔になっちゃったけど、ぐっとこらえて(顔を)戻したから、パッと投げちゃった」と語る。

その後も娘は再三「お父さんなんで鬼になったの?」といぶかしげだ。おそらく、再発を気にしているのかもしれない。またこいつは鬼になる、無抵抗な今のうちにとどめを刺しておこう、という発想にならないといいが。

詩の語の録

父「(娘を湯上がり担当の母に渡しながら)先に行け! 俺のことは構うな!(絶叫)」娘「わかった! 必ずしのちゃんにお喋りしに来て」父「俺も必ず後から行く!」娘「よし! しいたけに、なるんだ! 早く行けー!(絶叫)(母に連れられて退場)」

当家ではお風呂で指がしわしわになるのは、“魔女になる”凶兆だと恐れられている。父の指がしわしわになったので、娘を先に逃がした(冒頭の台詞)。 しいたけの下りは意味不明。

[EOF]