Dubai: 「不在の都市」または「Stranger's City」

「ドバイは大きな街ではないよ。ツーリストは多いけれども」 パキスタンから出稼ぎに来ているというタクシー運転手はそう言った。 月日は百代の過客にしてゆきかふ人もまた旅人なり。ドバイはその「旅人」の、旅人による、旅人のための都市だ。

生粋のドバイ人というのは、全人口の何割かに過ぎない。残りはすべて滞在者、つまり出稼ぎ労働者か旅行者だ。5つ星はもちろん、時には7つ星とも言われる超高級ホテル群。砂漠を使った観光ツアー。秋葉原のアーケード街を彷彿とさせるスーク(市場)と無税の品々。たしかにここは旅人の街に違いない。 20080418_184132.jpg ドバイでは砂漠見たさに「砂漠とアラビアンナイト」のオプショナルツアーに参加した。水タバコ、アラビックコーヒー、ラクダ乗り、ヘンナペイント、そしてベリーダンス。結局のところ観光用の見せ物で、砂漠にできた小テーマパークといった感じだった(そうだ、ナムコワンダーエッグの敷地を10分の1にしたらそっくりだ)。もうちょっと雰囲気があるとよかったのだが。客が求めるものがわかっていない、ということだろうか。それともあれが観光客が求めるレベルなのか。

このツアーで一番の収穫は、大量のハエがたかるバーベキューでもなければ、強烈なサーチライトでピカピカと照らし出されたラクダでもなく、ただ一面の砂と、高く静かに光る月だった。喧噪から離れて(砂漠の真ん中で、CDラジカセとスピーカーから出る喧噪に有り難みなどあるだろうか?)、カミさんと二人でみた砂の地平だった。カミさんが言った「海みたいだね」という言葉だった。提灯のように点々と吊された裸電球や、マイクでの嘘っぽい司会進行など、必要ではなかった。

夜にはゴールド・スーク(souq、市場)にも行った。「スーク」と言うとひどくエキゾチックな響きだが、実際には秋葉原か原宿のようなものだ。細かい店がひたすら並んでいる。似たような商品を扱う店が近くに集まる傾向があり、貴金属のエリア、食品のエリア、服飾のエリア、香水のエリア、電器のエリアなど歩いているとなんとなくわかる。カミさんが店先で靴を見ていると店員が「20ドルでどうか」と言う。カミさんは「港で10ドルの靴があったから見ただけで、高い靴は別に買うつもりはない」と言う。そう英語で伝えると、相手は「いくらなら買う?」と積極的だ。固辞し続けているとどんどん値が下がり、結局、「じゃあ、もう、10ドルでいい」と「持ってけ泥棒」状態で売りつけられた。見かけ上はずいぶん値切ったような感じだが、結局のところ、体よく買わされたといったところなのだろう。

スークの出口のところには船着き場があった。川舟に地元の人が席を詰め合って乗り込んでいるところ。船頭の若者が近寄ってきて「30分の遊覧で、一人頭10ドル、合計20ドル(約2000円)でどうだ」と言う。スリなどに警戒して逡巡したが、結局乗ることにした。

他の客と一緒に川舟に乗ろうとしたら、「こっちだ」と別の川舟に乗せられた。あちらの舟を置き去りに、我々二人だけで出港。しばらく後で気づいた。てっきりあちらの舟も遊覧船だと思っていたが、あちらは水上バスで、遊覧船ではないのだ。彼が提案した遊覧は、「我々二人の貸し切りで20ドル」ということだった。

この川舟は舷が低く、川面が近い。夜の水の上を滑る水鳥のようだ。若者は適当に舟を走らせながら、建物を説明してくれる。ドバイの水上交通はにぎやかだ。先ほどの水上バスのほか、ホテル所有のネオンもきらびやかなディナークルーズ船がたくさん行き交っている。30分ほどで船着き場に戻り「対岸と元の岸とどっちがいいか」と言うので、元の岸に戻してもらった。

後でツアーの別の客に聞いたら、水上バスは1ディルハム(33円)とのこと。なんと。20ドルはボられ過ぎだ。こちらが船着き場で詳しい値段など確かめる前に先手を打たれたのが敗因。土地に不慣れ、情報不足というのはかくも不利なものか。まぁ2000円くらいの価値はあるショートクルーズだったが。

母船に戻って仮眠。夜明け前に再び外出する。ドバイのシンボル、超高級ホテル「バージュ・アル・アラブ(アラブの塔、という意味らしい)」を見るためだ。ドバイの国際港ポート・ラシッドからは、徒歩で出ることができない。港職員が親切にしてくれて、電話でタクシーを呼んでくれた。時間が時間なのでタクシーがなかなか来なくて苦労した。スークから戻る時は、タクシーの運転手が英語が苦手で少々苦労したのだが、今度の運転手はいたって英語が得意だった。バージュ・アル・アラブを観光したい、と言うと「この時間に来るのは賢い(intelligent)。道が空いているから、15分くらいで到着できる。人も少ない。午後だったら1~2時間はかかる。人も多すぎる」と誉めちぎる。バージュ・アル・アラブの裏側(海岸)と、正面玄関に連れて行ってくれた他、近くの5つ星ホテルの車寄せにも連れて行って案内してくれた。およそ1時間ちょっとの行程だったが、昼間だったら渋滞で4~5時間はかかるとのこと。

「海岸にテントを広げて眠りに来る人もいる。非常に安全な街だ」と彼は言っていた。

以下は別の人から聞いた話だが、ドバイは出稼ぎ労働者をうまく「使っている」らしい。労働VISAは3年間しか給付されない。家族は呼ぶことができない。近隣からの出稼ぎ労働者は歓迎だが、移住は許さないということらしい。そういえば砂漠ツアーの4WDドライバーはイラン人の若者だったし、タクシーの運転手もパキスタン人が多いのだという。 出稼ぎ労働者がツーリストを歓迎する街。ドバイは、ちょっと不思議な近代的オアシスだ。