悪意を無視する/多忙を無視する

会議が長引き、飲み会に大幅遅刻。誰かの悪意を感じても、それを容易に信じてはいけない。悪気がなくても、人は人に害をなす生き物なのだ。悪意のないことを信じることの方が、悪意を信じるよりよほど難しく、高級なことなのだと私は信じる。

新橋下車にて、RIGOLETTO KITCHENで会社の人たちと会食。大変遅くなってすみません。 ◆RIGOLETTO KITCHEN - Google マップ - 地図検索 上司からスモールギフトをもらう。しまった、自分もアシスタントの分を用意しようと思っていたのに忘れていた(汗) 自分の好みにぴったりのギフトより、ねぎらいの言葉が書かれたカードの方がもっと嬉しい。 遅れて来た私が夕食を食べ終わるまで待ってもらった後、店を変えて、「ミュー」というワインバーで、まったり。 アシスタントの子に「話しかけた時に、『後にしてくれ』って言ってもいいと思う」と言われる。私は、「待って」とか「後にして」とかできるだけ言わないようにしている。私としては、上司に相談するって結構パワーが必要だったりする。私は「話しかけにくい」と思われる上司にはなりたくないし、それは組織として非効率であると信じる。 それに、プロレスと同じで、「敢えて受ける」みたいな心性が好きだ。 でもアシスタントや目下の人間からすると「もっと(上司が多忙かどうか)情報が欲しい」と思うらしい。それもまたなるほど。でも、君らのために情報を出したりしねーぜ(←非効率な組織) よく仕事のノウハウ本みたいなのに「効率よく作業するため話しかけられにくいオーラを出すのも必要」みたいなことが書いてあるが、そういうの、好きじゃない。そこまで言うんだったら、オーラとか言ってないで、分かりやすくとんがり帽子でもかぶればいいのだ。「話しかけないで下さい」みたいな。 よくよく飲んで、赤羽から深夜バス。