自焼自爆/奈良東大寺のお水取り

「お水取り」というのは、奈良東大寺の修二会(しゅにえ)という行事の一部である。当たり前と言えばそうなのだが、これは檀家の人たちを主な対象にした行事である。観光客が年々詰めかけるようになり、爆発的な人出で観光資源化しているが、実際にはこれは厳然たる宗教行事なのであった。

修二会 - Wikipedia

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1830時頃、歩いて東大寺へ。大仏を見るかどうかで一瞬迷う。たぶんこんな時間に大仏殿は開いてないだろう、とは思うものの確信がなく、警備をしていた警官に聞いてみたが判然としない。ただ、人がけっこう集まってきているので、大仏は翌日ゆっくり見ることにして、二月堂へ向かう。この判断は正しかった。もしここで時間をとっていたら、とてもじゃないが、お水取りなど見られなかったであろう。

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坂道と階段を歩いて上り、でっかい鐘楼、行基堂などを通り過ぎ、土産物屋が並んでいる辺りで、群衆の列に並ぶことになる。警官による通行規制が始まっている。

どういう通行規制をしているかというと、警官が横に並んで壁を作って、群衆を分断する。分断されたブロックを越えて先に進むことは許されない。このブロック単位で移動をコントロールすることで、パニックを回避する。

道を埋め尽くして一時間以上もその時を待ち続ける観光客。合戦を待つ野武士の群れみたい。開戦の1930時まで警官が止めているのだから動きはないはずなのに、期待感で一歩ずつじりじりと前に動く。カミさんは土産物屋まで往復して、ドリンクを一つ買ってきてくれた。大変寒いと聞いていたのだけれど、今年は幸い、ちゃんと準備さえしてくれば、耐え難いほどの寒さではなかった。

1930時になるとアナウンスで松明の行事が始まったことを知らせる声が聞こえ、街頭テレビみたいなのにその模様が映し出されているらしいが、大半の群衆からは画面も見えず、アナウンスの声だけが行事の進行を伝えていく。11本しか登場しない松明が、1本、また1本とアナウンスされていく。群衆の間には焦りとあきらめの色が浮かぶ。

動いた! 我々のブロックを司る警官たちがついに群衆を誘導し、進み始めた。我先にと歩き出す群衆。群衆で足下のよく見えない石段をのぼりきって、開けた場所に出る。

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遠くに炎が見えた。翼よ、あれが二月堂の灯だ!

清水寺ほどではないけれどけっこう高い場所に二月堂のテラスのような廊下が張り出している。問題の松明はテラスの左端から登場し、右端の角まで移動し、そこで特に盛大に松明を揺するので、火の粉が落ちる。この火の粉を浴びると御利益があるのだそうだが、まともにくらったらちょっと熱そうだ。その後、松明は奥に撤退し、そこの井戸で灯を消すらしい。

ちなみに、観光用の絵はがきやパンフレットでは、まるでテラス全体がごうごうと燃えているかのように見える写真があるが、それは連続写真によるもので、実際には一本ずつ松明が通過するというもの。地獄の業火を楽しみにしていたカミさんは、若干拍子抜けしたようだ。たしかに、あんな連続写真みたいな風景が実際に見られるのだとしたら、ちょっとした見ものだろう。それこそ三島由紀夫金閣寺』の世界だ。

6本目辺りから、最終の11本目まであっという間。近寄るどころか、遠くから眺められただけでも幸運、といった感じ。我々よりも後から来た人たちは、見ることもできなかったかもしれない。


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全て終わってから、やっと二月堂に近づく事ができた。二月堂のテラスの真下は柵で仕切られており、檀家でなければ入れないようになっていた。なるほどまぁそりゃそうだ。檀家の人たちは灰の残りを拾い集めているようだ。一般客が近づくことができるのはテラスの端の一角だけで、あれだけ盛大に火の粉を振っていても、浴びられるかどうかは疑わしい。

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大きく回り込んで、より二月堂に近づくルートを歩いてみた。松明が通過した階段も見ることができた。下の広場で作られた松明は、長い階段を通って二月堂まで運ばれ、テラスに出る。18mもあるという大きくて重たい松明を抱えて階段を上るのは、体力的にしんどそうだ。

通行規制が解除されたので二月堂に近づいてみると、その後の法会が行われていた(もちろん、宗教行事としては松明の後の法会がメインなのだ)。これも原則、檀家しか見る事ができない。中ではけっこう奇妙な荒行が行われているらしい。お坊さんが膝から何度も何度も転ぶ、とか、そういう感じの、体力勝負な行事であるらしい。旅行に来る前に、この法会について書かれた本をカミさんが見せてくれたのだが、そこに掲載されている写真はあまりにも奇妙な図で、何をしているのかまったく読み取れなかった。強いて言うなら、袈裟を着た坊さんが二人、腕を組んでプロレス技のセントーンを自爆しているようにしか見えないのだが……。

茶屋でお汁粉を購入して頂いた後(もしかしたら、これも檀家向けだったのかもしれないが)、歩いて宿に戻って寝る。