一回乗っても南海電車

マイミクさんがこんなトピックを教えてくれた。 ◆【質問】「一回乗っても南海電車」の英語訳について http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=5438787&comment_count=49&comm_id=11576 mixiを見られない人のために紹介しておくと、 高校の英語の時間に、先生が「一回乗っても南海電車」 を訳せと言ったのだが、その回答として何が適当か、今でも悩んでいるという。 マイミクさんは私の回答を期待しているとのことなので、私なりの考えをエッセイにしてみた。 なお、自分で回答を考えてみよう、という方は、以下の回答を読む前に、丸一日くらいかけて自分なりの回答を出しておいて頂きたい。読むと絶対影響されますからな。わしも元のトピは読まないようにして答えを出しましたので。

言葉には意味要素と音韻要素の二つがある。たとえば「鳥」という言葉には「空を飛ぶ小動物」という意味要素と、[トリ]という音韻要素が含まれている。普通、翻訳というのは意味要素を他の言語に伝える作業なので、「鳥」には「bird」という訳語を当てることになる。音韻要素が似てるからといって「tree」を当てたりはしない。 ところが、かけことばや駄洒落、押韻などという技巧は、音韻要素も重要になる。こうした文の訳出というのは本当に難しい。 たとえば上記「南海電車」の場合、意味要素だけをとって「Even if you get on once, it is Nankai railway」と訳しても意味が通じない。「一回」と「南海(≒何回)」の音韻上の関係が、「once」と「Nankai」には存在しないからだ。 理想的には、音韻要素と意味要素、両方が含まれた訳出が望ましい。ただ、そうした「音韻と意味」両方を備えた訳語が見つかるかどうかは、かなり運に左右される部分もある。 最近、この手の訳出で白眉だったのは「インテル入ってる」であろう。「intel inside」の訳語として、意味要素と音韻要素を両方活かしている。これもたまたま「入ってる」という言葉が、「inside」の意味要素と「intel」の音韻要素を兼ね備えていたからこそできた訳なわけで、言葉によってはそうした適語が見つからない場合もあろう。 では見つからない場合、どうするか。意味要素と音韻要素、どちらかを犠牲にせざるを得ない。たとえば『不思議の国のアリス』のような文学作品の場合、前後とのつながりがあるために意味要素を優先し、音韻要素については脚注へ逃げるといったことが多いようだ。「原文ではこれとこれが韻を踏んでおり」といった注を付けることになる。 ただ、短いフレーズの場合、意味要素を活かすことにはあまり意味がない(脚注にはもっと意味がない)。「一回乗っても南海電車」は「一回乗った」ということを伝えたいわけではなくて、音韻の面白さを狙っただけのフレーズだ。だから、音韻要素を優先し、「Nankai railway」の音を活かした短いフレーズを作るべきだろう。 そこで、最初は「none」に目をつけた。「南海」の[ナン]とほぼ同じ音だ。これと「Nankai railway」を使って短文が作れたら、よさそうだ。ところがこれがなかなか思いつかない。「none」を主語にして短文を作り、なおかつ「南海電車」に好意的になろうとすると「none is as ~ as」式の長い構文になってしまう。かといって短く None can hate Nankai railway. ではフレーズとしていかにもお粗末だ。韻も弱い。辞書で「none」の項を見ると「none the less」など「none the 比較級」も構文としてあるが、これもイマイチ思いつかない。 音韻[カイ]も英語で探すと難しい。強いて言えば「none’s high」が「南海」に近いが、これをからめて文章にするのは難しい。料金にからめるのも変だし。これが「上海」なら摩天楼にからめられるかもしれないが……。 では「回」の意味内容から「times」でどうにかできないかと思って探してみた。「once」「twice」……と数えるうちにふと「nine times」が[na]を含んでいることに気付いた。「nine times」と「Nankai」。まぁまぁ近いじゃないか。というわけで、こんな訳に落ち着いた。 (I get on) Nine times a day, Nankai railway. 偶然だが「day」と「railway」でも脚韻を踏んでいて幸せだ。音韻[ai]が3つ、[ei]が3つ含まれていてリズムもある。「回数」という意味要素もかろうじて残っている。十分に短く簡潔だ。 日本語に戻すと「一日9回南海電車」で「……だから?」と言いたくなる感もあるが、英語で「nine」は「たくさん」のニュアンスを持つから、まぁギリギリ通じるだろう。なかなかの傑作ではあるまいか。如何?